平成17年4月5日（火）〜24日（日）まで、国立公文書館に於いて、江戸幕府から明治政府が受け継いだ、紅葉山文庫の旧蔵書等を紹介する特別展「将軍のアーカイブズ」が開催されました。

　紅葉山文庫は、慶長7年（1602）徳川家康公の蔵書を基礎として発足し、幕府が江戸城本丸内の富士見亭に設けた将軍のための「御文庫」でした。政治的に安定した江戸時代に、幕府の権力と経済力によって、直接維持・経営がなされたこの御文庫は、近代的な意味で、図書館の諸要素が備わったわが国最初の官立図書館として、二百数十年にわたり重要な役割を果たしてきました。

　家康公がその晩年に駿府の文庫に所蔵していた蔵書は、漢籍800余部をはじめ、古筆の歌書などを併せて、約1千余部、1万余冊にのぼっていたといわれていますが、紅葉山文庫では、初代が収集したこの貴重書を根幹として、歴代将軍の手沢本を保存し、将軍が閲覧するにふさわしい和漢洋の図書を大量に収集しました。『御文庫始末記』によれば、その蔵書数は、正徳年間（1711〜15）には4万余冊、その後、文政2年（1816）には7万5千冊近くに増加し、元治元年（1864）から慶応2年（1866）に編集された『元治増補御書籍目録』には、漢籍約7万4000余点、御家部約2万6900点、国書部約1万2200余点と記され、総計11万3950点に上る厖大な数量であったことがわかります。このうち、幕府の編纂物や記録類など、特殊な集書である御家部を除いて考えると、漢籍は85％、国書は15％の比率となり、漢籍が圧倒的多数を占めていました。江戸時代、将軍の学ぶべき学問は漢学であったことが、この数字から改めて看取できます。

　歴代将軍の中で、図書の収集に最も熱心だったのは八代吉宗公で、一代で蔵書数を倍増させたといわれております。吉宗公は将軍就任直後より幕府の蔵書や記録に並々ならぬ関心を示し、さらに書物の収集・筆写を臣下に命じましたが、その際の方針は、幕府の政策に直接役立つような情報を含む書籍を特に重視するという、いたって開明的なものでした。本展では、享保8年（1723）の書物方の日記に拠って、この年40歳の吉宗公が閲覧した二百数十種の図書・絵図・記録の一部が紹介されました。

　将軍の利用に供することを目的とした紅葉山文庫は、専任の書物奉行を置くなどしていたため、昌平坂学問所や医学館など、幕府の他の研究機関と比べても、蔵書の整理・利用・保存については格段に行き届いていたと伝えられます。その点を証すように、展示資料は、どれも大変保存状態がよく、将軍の蔵書としての威厳と風格を備え、幕府政治と紅葉山文庫（将軍のアーカイブズ）の関係を鮮やかに照らし出していました。

　紅葉山文庫の蔵書は維新後、明治2年（1869）10月に大学（文部省の前身）の所管となり、翌3年1月、紅葉山文庫本の中から『徳川伝記』19冊、『武徳大成記』31冊、『桜田御殿日記』468冊等が静岡藩へ交付されました（現在、静岡県立中央図書館葵文庫が交付された資料の一部を収蔵）。江戸から静岡に移転した旧幕臣たちの要請によるものと伝えられています。同年2月には大学から大史局へ、翌4年（1871）8月には大史局から太政官正院式部寮へ、翌5年（1872）10月には式部寮から太政官正院歴史課へと、紅葉山文庫本の所管部局は頻繁に変りました。歴史課は、明治8年（1875）修史局と改称され、明治12年（1879）に廃止され、修史館が新設されました。同年太政官正院は紅葉山文庫の地所、建物を宮内省に移管しましたが、その建物は従前どおり紅葉山文庫本が収められていたので、当分の間、宮内省から建物を借用する形式をとっていました。明治17年（1884）11月、一つのコレクションとして太政官文庫の蔵書に編入され、翌18年（1885）12月、内閣制度創始に伴い、太政官文庫は内閣文庫と改称されました。数度にわたる所管部局の変更を憂慮し、明治22年（1889）内閣記録局長により、内閣文庫の貴重書を選んで宮内省に移管し、「万古不易ノ帝室御府」に永世保存するよう内閣総理大臣に上申されました。上申は許可され、同24年（1891）約3万冊の古書が移管され丁重に保存されました。

　現在、紅葉山文庫旧蔵書は国立公文書館内閣文庫に数万点、宮内庁書陵部に１万点余保管されています。

　国立公文書館は、本展を通して「私たちの先人の偉業と努力の成果を眼の当たりにすると同時に、日々の営みを的確に記録、収集、保存していくことの意義を改めて」確認できるように、「徳川家康の愛読書」「家康の出版事業（伏見版と駿河版）」「徳川吉宗の閲覧資料」「漢籍の輸入」、「研究する将軍」「綱吉と家治（儒学と将棋）」「紅葉山文庫の人々」の７項目で展示構成し、国指定重要文化財『吾妻鏡』をはじめとする約60点の紅葉山文庫旧蔵書や古文書等を公開しました。

　4月22日には�ｺ川理事長夫妻が本展を訪れ、担当の公文書専門官より説明を受けるとともに、菊池館長から4月1日に運用を開始した「デジタルアーカイブ」の「デジタルギャラリー」を紹介され、大変興味深く見学いたしました。

（平成29年8月一部変更）